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「団十郎とは何者か 歌舞伎トップブランドのひみつ」〜市川家の歴史と成田屋ブランドのひみつとは?〜
■傾く人生 歌舞伎道 銀座・成田屋のトピックス
「団十郎とは何者か 歌舞伎トップブランドのひみつ」by赤坂治績(朝日選書)
成田屋ブランドのひみつを知る
市川団十郎を当主とし、350年間継承されてきた、
歌舞伎のトップブランド「成田屋」。
「成田屋」ならではのもののルーツや、
名前の大きさを物語るエピソードも、
本書には書かれていて興味深く読みました。
その中から、3つ選んで紹介します。
歌舞伎十八番とは?
歌舞伎十八番に対して、著者は、4つの謎があると述べています。
①なぜ、七代目団十郎は、家の芸をまとめようとしたのか?
②なぜ、「歌舞伎十八番」と名づけたのか?
③どういう基準で選んだのか?
④なぜ、「勧進帳」だけ新作なのか?
これらに対し、文献を紐解いて、著者ならではの推測が面白いです。
歌舞伎十八番のルーツを辿ると、七代目団十郎が、当時9歳の息子に、八代目団十郎を継がせる襲名披露公演に、見ることができます。著者の推論は、〈団十郎の家の権威の確率〉〈荒事の復権〉の2点にあるということです。
八大目団十郎襲名興行で配った摺物に、「江戸市川流寿歌舞妓狂言組十八番」と書いたそうです。
寿狂言とは座元だけが使える言葉らしく、市川家は座元ではなかったものの、そのくらい権威がある家なのだー、とこの1文字にこめたとみられます。
それに、「歌舞伎十八番の内の〇〇」と演目を紹介したら、歌舞伎の代表作が家の芸であるー、と天下に知らしめすことにもなると。
加えて、人気狂言の「勧進帳」、これは初代や二代目が演じてきた芝居ではなく、七代目団十郎が新しく作り変えたものだそうです。
現在でもおなじみの通り、能の「安宅」を下敷きの「勧進帳」はこの時に生まれたのです。
当時は、能は武家の芸能であったため、庶民が観る機会はほとんどなかったとか。
それを歌舞伎化するということは、七代目団十郎の強い意志による行動だったのだろうということです。
勧進帳は、松羽目物と言われ、能の舞台を模した設えの中演じられます。
その原型を作った七代目団十郎とは役者だけに留まらない敏腕プロデューサーだったのだなあと思いました。
*歌舞伎十八番についてはこちらもどうぞ
定紋:三枡の意味とは?
市川家の定紋は「三枡」です。
読み方は、「みます」「さんじょう」のどちらでも良いそうです。
この「三枡」は、どのように作られたのか?という検証も書かれていました。
これもとてもうんちくっぽくて面白かったので、紹介します。
「三枡」のモデル、皆さんはなんだと思いますか?
ちょっとクイズにしてみましょう。
(A) 入れ子の升模様
(B) 稲妻の模様
(C) ラーメンの丼模様
どれが正解かは、確実には言えないのですが、どれもそれなりに納得のいく説があるようです。
(A)は、団十郎が枡を見たとか、もらったとかという文章が残っているようなのですが、
それが歴史上実際に起きたことかがわからないということでした。
(B) と(C) は 共通していて、稲光を表す文様が元になっているいうことです。
ラーメン丼も同じ意味でもように使われているらしいですよ。
これも、私はどれでも構わないのですが、稲光のマークと見るとかっこいい気はしますね。
十一代目団十郎の事件と名前の関係
戦後、海老さまブームを巻き起こしたのが十一代目市川団十郎です。
この方は、名を継ぐことに慎重で、すぐには首を縦に振らなかったということです。
しかし、十一代目を襲名してから、奇行や周囲との衝突を度々起こすようになったそうです。
楽屋が気に入らないと楽屋入りをしなかったとか、公演を欠席するだとか、
俳優協会を脱退するだとか、役者としての人気は高かったのですが、その裏で数々の事件があったのだそうです。
その事件についても著者は発端や周囲の人の発言などを調べ、明らかにしています。
そこから読み取れるのは、「市川団十郎」という名の大きさです。
確かに、江戸から350年間続く名門の名です。
歌舞伎役者なら、喉から手が出るほど欲しいだろう、超高級ブランドの名です。
それだけに重い・・・。
楽屋割りや下座表の名前の順序など、最高位ではないとダメなんだー、という名に対する恐れにも近い思い込みもあったのではと推測することもできます。
少年時代は、おじぎの金ちゃんと称されていたほど、周囲に気を使う少年であったということ。
繊細で生真面目で不器用で、言葉での説明が苦手で癇癪を起こしていたという実の姿に、名優の苦労を思います。
襲名してわずか3年で、がんによりお亡くなりになったことからも、名の大きさに自らを合わそうと必死だったのではと感じます。
それほどに、「団十郎」の名は重いのでしょうね。
*歌舞伎の屋号と格付けについてはこちらもどうぞ
十三代目団十郎への期待
本書は、2017年の刊行ですが、十三代目団十郎襲名への期待を掲げています。
団十郎がいない江戸歌舞伎は、酒のない宴席だという人もいるそうです。
市川家以外でも、当主不在の家はあり、また空席のままではもったいない名もあります。
その中でも、やはり団十郎という名は格別ですね。
5月の「團菊祭」團十郎がいないのは櫛の歯が抜けたままのようにも思えます。
2020年5月には、団十郎の名跡が復活する予定、その予定だけでも、話題は沸騰です。
歴代の団十郎は、改革の人が多かったです。
十二代目も、歌舞伎衰退期にあって、様々な改良をしながら歌舞伎を盛り立てることに一役買ってきました。
現在の海老蔵も、とても先進的な発言が多く、改革者としての素質も十分に持ち合わせています。
若い頃はひんしゅくを買うことも多く、危なっかしいお兄ちゃんでしたが、現在は歌舞伎役者として、だいぶ足元は定まっているように見えます。
ツイッター、ブログと情報発信もマメで、そこから歌舞伎へ入ってくるファンも増えています。
現在41歳です。
父が団十郎になった歳が38歳ですから、その歳を超えたことになります。
気力も風格も演技力も備わってきた海老蔵です。
今後、ひとまわりもふた回りも大きく、重い名を受け継ぎ、本人の器も広げていって欲しいと思うところです。
本書を読み、益々歌舞伎への興味を掻き立てられました。
役者の歴史は芝居よりもドラマティックです。