傾く人生 歌舞伎道
  • 知ってましたか? 歌舞伎界・梨園の「格付けと格差」

    ■傾く人生 歌舞伎道 銀座・成田屋のトピックス

    元をたどれば全員が親戚にもなりかねない狭くて濃い世界。けれども序列だけはかっちりと決まっている。家柄、血縁、実績が複雑に絡み合ったそのランキングを理解すると歌舞伎の趣も深まるはず。

    市川團十郎は絶対的存在

    「海老蔵さんが公演の座長でも、吉右衛門さんが出演していたら、『よろしくお願いします』と頭を下げて、相手を立てます。楽屋も吉右衛門さんが一番良い部屋を使うわけです。

    家としての格に加えて、いままでの実績によって役者の立場は決まっており、その細かいあうんの呼吸ができている。そうでなければしょっちゅう揉め事がおこってしまうでしょう」(歌舞伎研究家・喜熨斗勝氏)

    400年の歴史を誇る歌舞伎は、約300人の歌舞伎役者によって支えられている。彼らは30ほどの家(一門)に分かれており、家柄と役者には明確な格付けがある。

    歌舞伎座で主役を演じることができるのは、格上の役者だけ。だが、外の世界から見ると、その格付けは分かりにくい。江戸時代からの伝統・格式があるうえ、家同士の結婚や養子縁組によって血縁関係は入り乱れ、ややこしすぎるからだ。

    ではまず、現在の歌舞伎界の格付けはどうなっているのだろうか?

    「市川宗家」という言葉が、メディアではよく取り上げられる。市川海老蔵(39歳)が家長を務める「成田屋」のことであり、もっとも権威がある家だ。

    前出の喜熨斗氏が言う。

    「歌舞伎の世界には、芸の善し悪しを判断する絶対的な基準がありません。ですから、結局、格付けをするときに使われる物差しは、その家が何年続いているかということ。

    その点で市川團十郎の系譜である成田屋が一番格上ということになります。江戸時代にお客を集め、そのお客に喜ばれるような芸を見せるというスタイルを最初に始めたのが、市川團十郎だと言われています。

    彼の芸にはそれまで見たこともないような華やかさ、力強さがあり、たちまち江戸中で評判になりました。これが歌舞伎の発祥であり、市川宗家と言われる所以です。私は『歌舞伎界の大黒柱』という言い方をしています」

    トップ4の顔ぶれ

    では、團十郎が不在のいま、歌舞伎界のトップは「市川宗家」の家長、海老蔵なのだろうか。いや、冒頭のようにそう簡単なことではない。

    「吉右衛門さんらの重鎮には頭が上がらないでしょう。歌舞伎役者で構成される日本俳優協会の役員にも、海老蔵さんの名前はありません。それはまだ『團十郎』ではないから。あくまで修行の身です。

    歴代を見ても團十郎になるまでには時間がかかる。海老蔵から團十郎になるまで、30年、50年とかかる場合もある。それほどの存在なんです」(喜熨斗氏)

    つまり、海老蔵が『團十郎』を襲名するまでは、歌舞伎界のトップはお預けというわけだ。

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    「いまの時代で言うなら、俳優協会の会長を務める坂田藤十郎(85歳)さんが別格扱いです。出演したら必ず一番いい楽屋を使いますし、一番出演料も高いでしょう」(喜熨斗氏)

    藤十郎と言えば、三代目中村鴈治郎時代の’02年に京都の舞妓との密会を「FRIDAY」にスクープされ、バスローブの前がはだけていた写真のインパクトが強い。とはいえ、江戸の市川團十郎、上方の坂田藤十郎は揺るぎない存在か。

    一方ではこんな声も。

    「藤十郎さんは歌舞伎界のトップではありますが、体力的に第一線の役者とは言い難いですし、象徴的な存在と言ったほうがいいかもしれません」(歌舞伎興行関係者)

    『歌舞伎 家と血と藝』(講談社現代新書)の著者である作家・編集者の中川右介氏はこう言う。

    「團十郎不在のいまは集団指導体制にあります。それは歌舞伎座の公演を見ればわかります」

    ’13年4月にニューオープンした歌舞伎座は3ヵ月にわたり柿落とし興行を行った。合計して21演目が上演され、主役を張った役者は10人いる。

    坂田藤十郎、尾上菊五郎(74歳)、片岡仁左衛門(73歳)、松本幸四郎(74歳)、中村吉右衛門(73歳)、中村梅玉(70歳)、坂東玉三郎(67歳)、坂東三津五郎(故人)、中村芝翫(当時は橋之助、51歳)、そして、海老蔵。

    いずれも名門の一家の長である。海老蔵だけがかなり若いが、これも「市川宗家」がいかに特別かを物語る。

    「なかでも菊五郎、幸四郎、仁左衛門、吉右衛門がいまのトップ4といえます。それに次ぐ存在として梅玉が上がってきました。一般的な知名度は4人に劣りますが、名門である中村歌右衛門家のトップになります。

    もっとも、梅玉の格上げは十二代目市川團十郎、十八代目中村勘三郎が亡くなったことの影響も大きいでしょう」(中川氏)

    「団菊」と称されるように、成田屋に次ぐ存在なのが、尾上菊五郎家(音羽屋)なのである。

    歌舞伎の世界における格差でもっとも顕著なのは、歌舞伎座にどの役で出られるかだという。

    そして近年の歌舞伎座の興行は、この5人が座頭(公演のメイン)になっている。座頭は他の出演者のキャスティングにも影響を持ち、それゆえ名門一家からは、次のスターが生まれやすい。

    「5人のなかでは、家柄、名跡の格で菊五郎がトップ。そして幸四郎、仁左衛門、吉右衛門が同格でしょうね。名前だけならまだ二代しか続いていない吉右衛門はやや格下ですが、ドラマ『鬼平犯科帳』などでも知られる当代は実力でいまの地位を築いた。

    吉右衛門は年長の幸四郎や仁左衛門を抜いて、俳優協会でNo3の専務理事を務めています」(中川氏)

    本来ならば、これに続くのは玉三郎だが……。

    「玉三郎は一般家庭に生まれながら、その才能と実力を認められて名優・十四代目守田勘彌の養子となった当代一の女形です。しかし、体力的な問題なのか、近年は歌舞伎の出演自体が減っています」(前出・歌舞伎関係者)

    若手が抜擢される8月の納涼歌舞伎を除いて、トップ5以外に歌舞伎座の座頭が務まるのは、いまは市川海老蔵と「澤瀉屋」の市川猿之助(41歳)ぐらいだという。

    市川猿之助家自体は家の格としては高くない。

    「澤瀉屋は市川宗家の弟子筋で、本家筋ではありません。しかも、かつて二代目市川段四郎が市川宗家の十八番だった『勧進帳』を断りなく演じたことで宗家から破門になったという歴史があります」(前出・関係者)

    しかし、今はそうも言っていられないようで。

    「近代はやはり稼ぎ頭が偉いんです。お客さんが呼べる家は栄えていきます。つまり一門のなかにスターが誕生するかどうか。それがいまは海老蔵であり、猿之助であるわけです」(喜熨斗氏)

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    市川中車の評価は?

    海老蔵が座頭を務める歌舞伎座7月公演の夜の部は、チケット発売開始の初日に売り切れた。

    最後の発表となった’04年の長者番付で歌舞伎界でトップだったのは海老蔵で、推定年収1億4100万円(納税額4970万円)。次いで幸四郎が推定年収1億1800万円、玉三郎が推定年収8400万円だった。

    まさに人気と実力を兼ね備えた3人であり、この順位は現在も大きくは揺るがないだろう。だが、歌舞伎公演以外の収入が大きい3人でもある。本業だけではそれほど儲からない。副業に精を出さなければ、千両役者(年収1億円)にはなれないのかもしれない。

    歌舞伎座公演1ヵ月のギャラは主役級で500万前後~800万円程度と推測されるが、それは格によって決まるという。

    「やっぱり実力がある人、切符が売れる人に松竹が出演料を高く払うのは当然だと思いますが、海老蔵さんがいくらお客さんを呼べるといっても、菊五郎さんや吉右衛門さん、仁左衛門さんのほうが高いと思います」(歌舞伎エッセイスト・関容子氏)

    若手では海老蔵が断トツの格付けだ。同世代ではだいぶ離れて、名門の御曹司である、幸四郎の長男・市川染五郎(44歳)や、菊五郎の長男・尾上菊之助(39歳)の名前が挙がる。

    海老蔵のように同じくテレビや舞台で人気がある中村獅童(44歳)や片岡愛之助(45歳)の格は、どの位置なのだろうか。

    「彼らは海老蔵とは真逆で、歌舞伎界では格下の存在だからこそ、それ以外の場で活路を見出したのです。獅童は、初代中村獅童である父親が歌舞伎役者を廃業しており、後ろ盾がいない。彼は、仲の良い海老蔵が座頭を務めるときしか歌舞伎座には呼ばれません。

    離婚した竹内結子との間には長男がいましたが、親権は手放した。これは歌舞伎の名家ならば考えられないことです。

    愛之助も御曹司ではなく、一般家庭の出身。二代目片岡秀太郎(75歳)の養子で、名前の格は低い。明治座などで座頭はやれますが、歌舞伎座では良い役は回ってこない。

    しかし、人気と実力はあるので、テレビや舞台に出演するという悪循環に陥っているように思えます。大名跡『片岡仁左衛門』を継ぐ可能性もありますが、仁左衛門には長男の片岡孝太郎(49歳)がおり、孫である片岡千之助(17歳)も将来を嘱望されているため、難しい立場です」(前出・関係者)

    一方で、市川中車(香川照之・51歳)の未来は明るいという。

    「中車は『どんどん上手くなっている』と業界で評判です。九代目でそれなりに格式の高い名跡であり、良い役も与えられて、チケットも売れています。

    また息子の市川團子(13歳)はヤンチャなタイプですが、踊りが上手で役者として期待されており、将来、猿之助を継ぐ可能性もあります。

    染五郎の長男・松本金太郎(12歳)もルックスや品が良く、松竹はこの二人を未来のスターとして育てるつもりでしょうね」(全国紙文化部記者)

    気になるのは、梨園の妻たちの「地位」だ。前出の関容子氏が指摘する。

    「奥さんの地位は、ご主人の格に準じます。役者の娘であろうが、女子アナであろうが、ご本人は関係ありません」

    梨園の妻のピラミッドの現状について、歌舞伎に詳しい記者が語る。

    「頂点にいるのは藤十郎の妻である扇千景(84歳)さんです。ただし夫同様に一線からは退いている。続くのは人間国宝の奥様方。吉右衛門さんの妻の知佐さん、菊五郎さんの妻で女優の富司純子(71歳)さん、仁左衛門の妻の博江さん。

    勘三郎さんの妻、好江さんはとても配慮の細かい人で、影響力がありましたが、夫が亡くなってからは一歩退いています。長男の中村勘九郎(35歳)は先代に比べると、花形世代の中では埋もれた存在になりつつありますからね」

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    三田寛子が「勝ち組」

    話題の芸能人妻たちの評判はどうだろうか。

    「芝翫の妻、三田寛子(51歳)が究極の勝ち組。子供3人が全員男の子で、名門・成駒屋の格式高い名跡を襲名しました。いまはバラエティ番組にも出演して、自由に発言している。25歳で嫁入りして、いまや文句を言われない存在になったんです。

    その三田が目をかけているのが、勘九郎の妻、前田愛(33歳)です。2人の男の子の母であり、献身的に夫を支えていると評価されています。

    一方で藤原紀香(46歳)は夫と同じく格下ですね。紀香は梨園デビューをしたとき、劇場でお客さんとの記念撮影に応じていた。これは最もやってはいけないタブーです」(前出・記者)

    最後に、二代目市川猿之助の甥にあたる前出の喜熨斗氏はこう語る。

    「僕は親の姿を見て、『ああ、歌舞伎界ってなんて不条理なんだろう』と思いました。三男だった父親は巡業で地方を回って、一年に一回家に帰り、それで本当に食えるか食えないかというような歌舞伎役者だったんです。その父の一座に加わって、地方を転々としたこともありました。

    それが嫌だというのではなくて、『三男の息子では限界がある。歌舞伎役者になるのはやめておこう』と僕は思ったんです。当時とは状況は随分違ってきましたが、いまもその伝統は残っていると思います」

    いまも歌舞伎役者300人のうち、大半は月給10万~30万円以下でもがき苦しんでいるという。光があるからこそ、影もある――。

    引用:現代ビジネス
    https://gendai.ismedia.jp/articles/-/52285

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