傾く人生 歌舞伎道
  • 海老蔵が團十郎へ! 同世代役者とつくる『勧進帳』に よりよい明日へのヒントをみつけて

    ■傾く人生 歌舞伎道 銀座・成田屋のトピックス

    ©松竹

    2カ月連続となる十三代目市川團十郎白猿襲名披露公演が歌舞伎座で開催中です。「なりたやっ!」、歌舞伎座に響く大向うさんのかけ声。劇場正面に踊る「満員御礼」の懸垂幕。さまざまな条件つきではあるものの、劇場はかつての華やぎを取り戻しつつあります。

    その一方、新型コロナウィルスの感染状況はまだまだ予断を許しません。そんな中で迎えた襲名披露公演の中から、昼の部で上演中の『勧進帳』をピックアップしたいと思います。

    一度は観ておきたい『勧進帳』

    『勧進帳』左より、駿河次郎=尾上左近、片岡八郎=市川染五郎、源義経=市川猿之助、武蔵坊弁慶=市川團十郎、富樫左衛門=松本幸四郎(©松竹)

    『勧進帳』は成田屋、つまり市川團十郎家の“家の芸”「歌舞伎十八番」の中でも上演頻度が高く人気の演目ですから、この後も目にする機会は多いことと思います。それだけに一度は観ておきたい作品ともいえるでしょう。
     物語の舞台となるのは、現在の石川県にある安宅の関(あたかのせき)。実の兄・頼朝に追われる身となった源義経は、武蔵坊弁慶と四天王と称される亀井六郎、片岡八郎、駿河次郎、常陸坊海尊をお供に、山伏姿に身をやつしてここまで落ち延びてきました。
     指名手配済みの義経主従一行を待ち受けているのは関守の富樫。この関をいかに通過するかが最大の問題で、そこで類まれなる機転と胆力を見せるのが弁慶なのです。
     弁慶を勤めているのはこれが十三代目としてのスタートとなった團十郎さん。弁慶と対峙する富樫に松本幸四郎さん、義経に市川猿之助さんという、同世代による配役です。

    ©松竹

    公演を前にして行われた取材会で團十郎さんは、弁慶を勤める上で最も大切なのは「義経を守る心」と語っています。
    「弁慶という武勇に長けた男が、若く優秀な武将である義経に惚れ込み、命がけで守る。それがこの作品の絶対的なベースです。義経を守る心。それは技芸で補えるものではなく、どんなに上手かろうとその心を忘れたら弁慶でなくなってしまいます」
     その思いは四天王も同じこと。ここで重要なのは“思い”だけでは危機は乗り越えられないということです。あまりの厳重な警備に亀井たちは力づくでも関を通過する覚悟ですが、思慮深い弁慶はそれを押しとどめます。そんな弁慶に義経はすべてを委ねるのです。
     そして弁慶は、一世一代の大芝居に打って出たり、富樫と丁々発止のやりとりを繰り広げたりと八面六臂の大活躍。息を呑む場面が続きどうにかピンチを切り抜けたと思った矢先、ついに最大の危機が訪れます。

    深いテーマ、理屈抜きに楽しめるシーンも

    『勧進帳』武蔵坊弁慶=市川團十郎(©松竹)

    それが「杖折檻(つえせっかん)」といわれる場面。弁慶はあろうことか義経を𠮟りつけたあげくに、手にした杖で打ち始めるのですが、目下の者が手をあげるなど当時としては考えられないこと。それは規則とか慣習に縛られた義務的な感覚ではなく心から主君を思い敬う忠義ゆえ。その行為は弁慶にとって「(杖を手にした)腕の痺るる」ほど心情的に辛いことなのです。

     あり得ないことが目の前で起こっているのですから、その場にいる四天王もまた辛いはず。何ともいえない空気が漂う時間であることは言うまでもありません。そこで勘の鋭い富樫は真実を察し、とんでもない決断をすることになるのです。

     弁慶も富樫も根底にあるのは、人が人を思い、自らの信念に基づき決断し行動する勇気。文字にするのは簡単ですが、現実にはなかなか難しいというのが正直なところではないでしょうか。だからこそ、相容れない立場であるはずの弁慶と富樫の無言の心の交流に観る者の心は揺さぶられ、事態が一段落した後に義経が態度で示す温情が深い感動を呼び起こすのではないでしょうか。

     深いテーマを内在させながら展開されるスリリングなドラマは、フィジカルパフォーマンスとしても見どころ満載の、長唄の名曲に乗っての舞踊劇でもあります。團十郎さんの「何より大切なのは義経を守る心」という言葉は、大前提として基礎を踏まえた表現技術あってこそのもので、弁慶が飛六方で花道を引っ込むまで理屈抜きに楽しめるシーンも随所に盛り込まれているのです。

     十三代を数える團十郎家も、400年の歴史を超える歌舞伎も、現在に至るまでには数々の危機を乗り越えてきました。近しいところでの大きな出来事は先の大戦における戦中戦後の混乱ですが、それを生々しい記憶として知る人も少なくなって来ました。

     そして2020年に世界中を襲ったパンデミックは、多くの人々にとってそれぞれの事情の中で初めて出遭った未曽有の出来事。江戸随一を匂わせて“随市川”と称される團十郎家の襲名はそんなタイミングと重なりました。

     三福対となる役を演じるのは、この先の歌舞伎を中心となって共に背負っていく世代です。安宅の関での難局に立ち向かうそれぞれの人物に、コロナ禍における演劇界において新たな可能性を探りながら立ち向かっている演じ手の姿が重なり、リアルな臨場感を醸し出しています。その姿に勇気づけられると共に、今のこの現実を生きる私たちがよりよい明日を迎えるためのヒントが浮かび上がっているようにも思えるのです。

    引用:CREA

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